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自己紹介

HALE GRAPHをご覧いただきありがとうございます。代表の其田有輝也(ソノダユキヤ)です。このページではなぜ僕がカメラマンになったのか、生い立ちと写真への想いを含めてみなさんに知って頂きたいことをご紹介していきたいと思います。少し長くなりますが最後までご覧いただければありがたいです。

幼少時代

1991年生まれの24歳。小さい頃から良く笑い、怒り、泣く子供でした。小学校時代はブドウとモモと山に囲まれた山梨県で育ち、毎日富士山を見て投稿していました。当時はやんちゃで朝礼の時に前の子をつねっていじめていました(大変申し訳なく思っています)。小学校4年生からはサッカーをはじめてサッカーざんまいの毎日。でも少年サッカーチームのコーチがめちゃめちゃ怖くて捻挫と嘘をついてよくサボっていました(;´Д`)。ほうとうを食べて、山上にあるほったらかし温泉に入るのが楽しみでしたね。そうそう、八ヶ岳の方に畑を借りて毎年サツマイモやらジャガイモやらを作っていたのもいい思い出です。そんな感じで幼少時代はスクスクと育ちました。

学生時代

中学校に上がるタイミングで横浜に転校。「横浜スゲー!」と感動したのもつかの間ひたすらサッカーばっかりしていました。高校もサッカー部に入り毎日ボール蹴りの毎日。が、しかし疲労骨折による腰椎分離症と椎間板ヘルニアの発症により高校2年生で部活を退部しました。このときは1年ほど辛く陰鬱な日々だったのをよく覚えています。日々リハビリに通うのですがまったく治らないんですよ。歩くのすら困難でしたからね。カメラマンをしている今でも重い荷物を背負い続けると腰が痛みます(みなさん腰は大切にしてくださいね)。そうこうしている内に大学に進学し茨城県の筑波大学へ。大学では気象学(お天気)を専攻し、現在は気象予報士(合格率約4%)に合格し資格を取得しました(5回も受けましたが・・・)。

カメラマンになるきっかけ

大きな転機は大学2年生の夏に大学のプログラムでカナダへ留学させてもらったことですね。その時はじめてNikonのMyコンパクトデジカメを買ってたくさん写真を撮りました。「うおーすげー!!!!!」見る景色どれもがスケールが大きくて色鮮やかで美しく見えたものです。ロッキー山脈やバンクーバーなど撮るもの撮るものポストカードのように写っちゃうわけですよ。「あれ?もしや俺才能あるんじゃないか?」そう。当時の僕は勘違いをしてしまったわけです。そしてそこからはスピードが早く、帰国後はじめての一眼レフカメラCanonKissX5を購入しカメラにどっぷりとつかっていきました。

修行時代

カメラで仕事がしたい。Googleで毎日のように「カメラマン 仕事」「カメラマン バイト」そんなワードでググっていたように思います。でも筑波大学のあるつくばは”陸の孤島”と呼ばれる通り、学園都市なものであまりやりたい仕事を見つけられなかったんですよね。「なかなか無いもんだなー」そんなある日願ったりかなったりのアルバイトを見つけます。「東京スカイツリー展望台開業オープンスタッフ募集!」そう。当時は東京スカイツリーがオープンする前だったので、展望台で写真を撮るフォトスタッフがタイミングよく募集されていたのです。会社は文教スタヂオという全国の観光地で写真撮影事業を展開している会社でした(東京タワーとか、江ノ島水族館とかもそうですね)。「これだ!」すぐさま応募して面接を受けに行き、無事採用されました。「タダで展望台に登れて写真を撮ってお金をもらえるなんてなんていい仕事なんだ!」当時は午後から授業がある日が多く、週2日か3日ほどのシフトで、朝5時に自宅を出発して自転車でつくば駅へ、そこからつくばエクスプレス(運賃高いんですよねぇ・・・)に乗り北千住で乗り換えてスカイツリーラインで片道1時間30ほどかけて出勤し、朝7時から12時まで勤務してダッシュで戻って13時30からの授業に出る(遅刻してましたが(;´Д`))みたいな生活を1年半ほど続けていました。

展望台のフォトスタジオには本当に多くの人が来ます。国籍も様々で多いときには半分くらいは海外の方なんじゃないかと思うこともしばしば。撮影にかかる時間は1分程度と短く(回転率命のビジネスなのでしょうがないのですが)あまり話す時間はない現場なのですが、その中でも表情を出すためのコミュニケーションをどう取ればいいか、写真だけでなく撮影という体験を想い出にしてもらうためにはどうすればいいかという根幹の部分を学びました。というのも、文教スタヂオはスタジオごとに掛け声とポーズをして撮影をするんですよ。スカイツリーの場合は「ソラから撮るカラー(ソラカラちゃんというキャラクターにかけて)」,「ソラカラショット!」でした。最初はめちゃ恥ずかしいんですけど、お客さんが笑ってくれたり一緒にポーズしてくれたりすると意味があるんだなと感じたものです。残念ながらカメラはほぼ固定で「光のまわし方」や「光の見つけ方」などの技術的な部分は教わらなかったのですが、お客さんとカメラマンの関係性の積み上げ方みたいのは何千回とできたのは大きかったです(このスタジオでトータルで2万人くらいの旅行者のかたを撮ったと思います)。

独立

その後大学を休学してカメラを学ぶタイミングで文教スタヂオを退職。1年間の休学の中でクラウドファンディングや企業協賛を頂き東南アジアへカメラ片手に取材の旅にわたりました。

  • 光の見つけ方
  • 撮られる人とのコミュニケーションの取り方
  • 写真の仕上げ方
  • 写真の印刷の仕方

などはこの1年間で試行錯誤をしながら学びました。その後は写真展やトークイベントのツアーを開き、徐々にウェディングやイベント撮影の仕事を受け始めるようになりました。

プロ契約

その後仕事の関係で京都に移住し、現在はカナダに本社のある「Flytographer」というトラベルフォト専門の企業とプロ契約を結んで仕事をしています。彼らの理念は

Memories are the best travel souvenir.Flytographers take beautiful candid photos of you and your family and friends.
「旅行先での写真、旅の一番の想い出。美しく、飾らない自然な姿の写真をお撮りします。」

スタジオ写真で撮るような型にはまらない理念に沿ったフォトグラファーを丁寧に選抜し想いを大切にフォトサービスを運営していることに強く共感しました。撮影内容やクライアントは多岐にわたり、オーストラリアから来たカップルのエンゲージメントフォト、フィリピンから来たカップルのプロポーズフォト、カナダから来た夫婦のウェディングフォト、シンガポールから来た家族のファミリーフォトなど。やり取りはすべて英語で日々ヒイヒイいいながら撮影をしています。めちゃ大変です。でもお客さんの嬉しそうな顔を見るのはやっぱり楽しいです。

未来

「特別な日も、何気ない毎日も、あなたの人生に寄り添えるフォトグラファーでありたい。」それが僕が目指す未来像です。

”HALETOKE(ハレトケ)”にこめたの想い

ハレとケ

個人の屋号のHALETOKE(ハレトケ)には、みなさんの「ハレの日(特別な日)」と「ケの日(普段の毎日)」両方を想い出に残せたらいいなという想いが込められています。結婚式や出産はもちろ特別なハレの日ですが、そうではない、なにげない一日もきっと時間が経って見返すと輝いて見えるのではないか、フォトスタジオで着飾ってポーズを取って撮る写真よりも、自然のありのままの笑顔や仕草にこそ、その人らしさや気持ちがにじみ出るのではないか、そう僕は考えています。みなさんのありのままの自然な姿を一生の記念に残すお手伝いができれば幸いです。

写真にまつわる豆知識のご紹介

ちょっとした撮影のコツをご紹介

ところでみなさんは写真をどんな時に撮りますか?美味しいご飯を食べる時、キレイな景色を見た時、友達と楽しい時間を過ごした時、そんな場面が多いのではないかと思います。でもそんなときにふと「もっと写真を上手に撮れたらいいのに・・・・・。」なんて思うことも多いのではないでしょうか?写真をお撮りするだけでなく、ちょっとしたコツでみなさんが写真を上手に撮れるようになるノウハウや、カメラで独立をしたい人が感じる稼ぎ方や写真に関するご疑問にお答えいたします。知りたいことや聞きたいこと、相談したいことがありましたら小さなことでもなんでもお気軽に連絡ください:D

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こんなことが書いてあります

  • フリーランスとして生き残る戦略
  • お金の稼ぎ方と資産運用
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